ダカルバジンの光分解生成物による血管痛と、遮光の必要性について
臨床でしばしば問題となる、抗がん剤の静脈内投与による血管炎の発生について科学的に考察してみました。
こういう問題があると何かと理由をつけて考えたくなるのが科学者の性ですね。
今回紹介するのはダカルバジンです。
ダカルバジン(DTIC)とは?
適応症:1. 悪性黒色腫、2. ホジキンリンパ腫、3.褐色細胞腫
用法:
1. 1日100-200㎎を5日連日静脈内投与、4週間休薬
2. ほかの抗悪性腫瘍剤と併用において、1日1回375㎎/m2(体表面積)、13日休薬2回を1コースとする
3. シクロホスファミドとビンクリスチンとの併用において、1日1回600㎎/m2(体表面積)の量で投与
ダカルバシンはアルキル化により腫瘍細胞の増殖を抑制するタイプの抗がん剤です。血管炎が副作用として有名であり、5%以上の頻度で発生しています。この血管炎を防ぐためにも、投与の速度を遅くする必要があります。使用の際に遮光を施すことで、血管炎が抑制されることから、できるだけ光との接触は避けたいところですが、ゆっくりと投与しなければなりません。
ダカルバジンのアルキル化作用機序
ダカルバジンの生体内における活性化機構です。ダカルバジンは肝臓代謝活性化(N-Meの酸化的水酸化)をうけ、腫瘍組織に到達し、DNAの塩基などの求核性のある構造を反応し、メチル基を付加します。
まるでジアゾメタンによるメチル化のような反応機構です。
引用:Synthesis and Molecular-cellular Mechanistic Study of Pyridine Derivative of Dacarbazine
T.Li et al.IJPR 2013, 12, 255-265. より
ダカルバジンの光分解と遮光の必要性(光分解でDiazo-ICが生成)
続いて、ダカルバジンか光で分解される機構と遮光の有効性について考察しましょう。
ダカルバジンの光分解生成物(Diazo-IC)
ダカルバジンが分解されることで生成する物質は、Diazo-ICとされています。
引用文献は下の二つです:
Causative agent of vascular pain among photodegradation products of dacarbazine, J Pharm Pharmacol, 2002, 54, 1117-1122.
Dacarbazineの光分解によって生成する発痛物質の探索, 臨床薬理, 2001, 32, 15-22.)
金沢大学 宮本先生グループの研究結果です。
ダカルバジンは200~400 nm(紫外線~青)の光を吸収し、分解します。吸収極大は、230 nmと330 nm付近です。
ダカルバジンが光により活性化(励起)されると、不安定なN-N結合が開裂します。これによりジメチルアミン構造がラジカル開裂を起こし、Diazo-IC (3)が生成します。下記の分解生成物(1-4, 6,7)をマウスに投与する実験より、Diazo-IC (3)が痛覚物質であると同定されました。また、Diazo-IC (3)は、光存在下に脱窒素分解し、(6)へと分解され、未反応の(3)と結合することで赤色生成物を生じます。したがって、着色したダカルバジンは発痛物質Diazo-IC (3)を多く含んでいるか、もはや抗がん活性を失っている可能性が高いと言えます。
(Dacarbazineの光分解によって生成する発痛物質の探索,より引用)
遮光の必要性
では医療現場での実践的な話です。どれほどの遮光が必要で、どこまでの光への接触が許容されるのでしょうか?
先に参考にした文献を紹介します。
ダカルバジンの光分解に対する新規遮光カバーの有用性の検討
森尾 佳代子 先生ら 医療薬学 2013, 39, 381-387.
Fig. 1 遮光・測定条件
この文献の実験で使用されているのは下図のような大阪大学病院が作成したカバーです。文献のなかの実験では、これがメーカーから提供されているカバー(おそらく輸液バッグのみの遮光)よりも優位にDiazo-ICの生成を抑制する結果が得られています。
光源:室内光
①遮光なし
②輸液バッグのみ新規遮光カバーで遮光
③輸液バッグとルートの両方を新規遮光カバーで遮光
の3 条件で検討
サンプル採取
輸液バッグ内から直接,またルートを通過後に約1 mL 採取
Fig3:ダカルバジンのバッグに遮光をした場合としなかった場合
ダカルバジンの輸液バッグに
①遮光を施さなかった場合
②遮光を施した場合
の分解生成物(DiazoーIC)の量の違いです。
120分間光にさらすと、輸液バッグ内のDiazo-IC量は、2.4倍の差となります。
Fig4:実際に点滴を流した時のデータ
①遮光なし
②輸液バッグのみを遮光
➂輸液バッグとルートを遮光
同じく分解生成物(DiazoーIC)の量を測定した結果です。
120分の累積Diazo-ICの量は①②の結果は同じであり、この結果からルートまで完全に遮光をする必要が考えられます。
読んでいただきありがとうございました。
ディスカッション
コメント一覧
ダカルバジンの調製時に、安全キャビネットの蛍光灯も消したほうが、分解されにくいのでしょうか?調製時に光を消すと、手元が見えづらいので、なるべく消したくはないのですが、短時間の光でも分解してしまうのだとすると、消さなくてはなと思ったので・・・
ニシヤマ様
コメントありがとうございます。
ダカルバジンの分解には、光と希釈溶液のイオンも関与します。希釈溶液の光照射下での分解速度は著しく早くなるので、できるだけ光照射は避けたいところです。とはいえ、安全キャビネットの電気を消すと今度は医療事故を起こしかねません。”素早い作業”を心がけるということになってしまいますね…。
一つ提案できるとすれば、ダカルバジンは200~400 nm(紫外線~青)の光を吸収し分解します。黄色とかには安定性が高いと思うので、蛍光灯に点滴遮光カバーのような黄色いカバーを貼ることや、黄色蛍光灯を用いるかでしょうか?
医療機器メーカーもこのような光分解対策は考えているはずですが、対策アイテムを見たことがないので、何かしらの問題があるのかもしれません。
早速のお返事ありがとうございます!
遮光に関しての情報ありがとうございます。
蛍光灯にカバーをするというのはとてもよい案ですね!!
ちなみに一度、光に当たってしまうと、光分解はどんどん進んでしまうのでしょうか、、?遮光することで光分解の速度が遅くなるor停止するのなら、生食ボトルにあらかじめ遮光袋をかけて、シリンジ自体にも遮光袋を巻いて調製しようかなと思います。
また、希釈液は生食or 5%Gluを用いていますが、
どちらがベターでしょうか?
もしくはおすすめの希釈液はありますか?
返信ありがとうございます。少しでも参考になればよいのですが…。
「現場の声を現場に留めずに、大学に還元し、研究で解決する」これが私のやりたいことの一つなので、このように現場の声を頂けるのは大変ありがたいです。
早速返答ですが…
光による分解はある程度は連鎖的に進行します。特に希釈した場合(0.1mg/mL)に分解速度が劇的に早く、1時間のUV照射で50%ぐらい分解しています。ですが、高濃度溶液(1.0mg/mL)では2時間のUV照射でも90%ぐらいは残存しています。希釈してしますと分解速度が非常に早くなってしまいます。希釈先の輸液バッグの遮光は効果が大きいと思います。もちろんシリンジ遮光もいいと思います!
希釈液については以下の文献で検討されています。(フリーなので読めると思います)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/137/3/137_16-00222/_article/-char/ja/
個人的には、「UV吸収がありダカルバジンの光接触を抑制でき、かつ、抗酸化作用がありラジカルも多少補足しうる、ブドウ糖かな?」と思ったのですが、生食とブドウ糖ではあまり差がないとのことです。
ヴィーンFは若干、生食/ブドウ糖よりも良いという結果が得られています。